行ってまいりました。「澁澤龍彦・ドラコニアの地平」展。
澁澤龍彦氏は埴谷雄高氏と並び僕が最も敬愛する作家・翻訳家・随筆家だ。
僕は30年くらい前に河出書房の本に面白いものが多いのに気づき、そこで初めて読んだのが『黒魔術の手帖』だった。さらにほかのシリーズとして『毒薬の手帖』『秘密結社の手帖』があり、そちらも僕は貪るように読んだ。
黒魔術の手帖 (河出文庫 し 1-5 澁澤龍彦コレクション)
- 作者: 澁澤龍彦
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 1983/12/01
- メディア: 文庫
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こういった怪しげな博物的書物を渇望していた僕にとって、彼はまさにうってつけの作家だった。そして実際は僕が望む以上のものを澁澤龍彦は著していたのだ。この本から僕は芋づる式に彼の本を買い集めていった。どれほど彼の著作によって僕は蒙(もう)を啓(ひら)かれたことか!最初はこの河出書房の手帖シリーズから。そしてサドの翻訳へと手を伸ばしていった。
澁澤龍彦関連は数が多いので網羅するのは結構しんどい。
氏が有名になったきっかけの一つに「サド裁判」がある。いわゆる「サディズム」の語源となったマルキ・ド・サド候爵の著書「悪徳の栄え」がわいせつ図書に当たるとして1959年に起訴されたのだ。
- 作者: マルキ・ドサド,マルキ・ド・サド,渋澤龍彦
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 1990/10/01
- メディア: 文庫
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世間では例えば「お前ってSだよなー」とか軽々しく使っているけれど、語源はサド候爵だということを知っている人間は殆んどいるまい(ちなみにSMのMの語源は「毛皮を着たヴィーナス」を著したザッヘル・マゾッホ。種村季弘氏の訳で読めます)。
サドの著作はどれもが悪徳と暴力とエロティシズムに満ちており、文学であるが故に許される背徳性を遅効性の毒のように発散している。内容はといえば、僕ごときが論じるのもはばかりがあるけれど、ある意味荒唐無稽そのものだ。
例えば「ソドム百二十日」
などは、権力者であるブランジ公爵とその一派がフランス中から数百人の少年少女を誘拐し、とある古城に立てこもって放蕩の限りを尽くす。入城してからは延々その描写が続き、最後にはもう訳がわからない断片的な変態性欲の博覧会のようになっているのだが、そこにちょいちょい挿入される登場人物の主張(=サドの悪徳哲学)が一貫して説かれており、妙な説得力をもって僕らに迫る。まあ、一般的には到底認めがたい論理ではあるけれども、文学はそれを全て許すのだ。
しかし、当時の世間はそれを許さなかったらしく、サドの別著『悪徳の栄え』が猥褻文書として裁判の対象となった。澁澤氏としては不本意な裁判であったろうが、これにより逆に彼の知名度は上がる。また様々な形で作家や文化人がこの問題に言及、または実際に弁論し文学と法学の齟齬を明らかにするなど、様々な文化的影響を及ぼした。
今『悪徳の栄え』を読んだところで「これのどこが猥褻なのだろう」と思ってしまう。結局澁澤氏は有罪となり罰金なにがしかを払ったが、実際のところ書店で何の問題もなく購入できる。むしろ興味本位で買った人間はこの本に冷たく突き放されるのではないか。ほとんどが女主人公ジュスチィヌの(サドの)悪徳的強弁で終始しているのだから。
若く思慮の足りない僕は、澁澤訳の「ソドム百二十日」を読んだ自分に酔いしれ、完全版を読みたいという欲求(澁澤版は抄訳だった)を抑えられずに、佐藤春夫の完訳版を『ジュスチーヌ物語または美徳の不幸』とともに買っちゃったよ。
二冊合わせて8000円。装丁横尾忠則!
でも二冊とも一度さらっと読んだきり。文体も澁澤訳とは全然違う。どうすんだ、これ。娘が成長してこれ読んだらどう思うかね?
まあ、それはそれでいいとして、澁澤氏はサドの翻訳も有名だけれど、その博覧強記であるが故の、無限に広がる智の海とでもいえるエッセイがすこぶる魅力的なのだ。そうしてその知性が生み出した小説の魅力的なことといったら!
僕は当時、氏を知って出来うる限り安く著作を手に入れるため古本屋を巡っていたが、あるとき何かの雑誌に『澁澤龍彦全集』の告知を発見してしまった。毎月配本されるのだがその定価、五千円。僕は当時バンドでやっていこうなどと人生を舐めまくっていたのでフリーターまがいの生活をしており、そんなに自由になるお金もなかったのだが、それでもその全集がどうしても我慢できず、なんとか五千円を毎月捻出し、欠かさず購入した。その結果。
どーん。全22巻。別巻1。
実は別巻は2巻あるのだが、最後の最後で力尽き、完本ではないという体たらく。僕の所有する本で最も豪華なセット。ちなみに僕は就職して最初の給料で埴谷雄高の全集(9万円)を一気買いするという暴挙に出た実績を持っている。その話はまた別のところで。
で、お前はこれを全部読んだんか?と問われれば「うーん」と言わざるを得ないのだけれど、7割は読んでます。
まあ、こんな感じで澁澤龍彦氏は僕の心の作家なわけで、その氏の展覧会があることを知った僕は欣喜雀躍し、ついに昨日、東京は芦花公園にある世田谷文学館に足を伸ばしたのだ。
久しぶりに京王線に乗り、芦花公園駅に降り立つと早速この看板が期待を高めてくれる。
空模様を気にしながら数分歩くと、たどり着きました。
中の撮影は禁止だったので写真はありませんが、僕の手持ちの本でビジュアルを補い、内容をご紹介・・・と思ったのだけれどここまで書いて疲れちった。続きはまた明日。
多少、こちらでも言及しています。