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SF小説の愉しみ

     ここ1年位で読んだ、もしくはこれから読もうと思っているSF。

 

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 SF小説を読むときにはそれなりの心構えがいる。というのはその小説が描く世界観にこちらがついていけるかどうかで没入度が変わってくるからだ。そうして多くの本格SF小説はそれぞれの設定についてくだくだしくは説明してはくれず、ただあるがままの世界としてストーリーは進む。読者は次から次へと現れる専門用語や独特な単語に翻弄され、ときにはそれを理解できないまま読み進めなければならない。これが映画ならばめくるめくようなCGでごまかすこともできるけれども、活字の場合は煩雑な設定や語句が苦痛で投げ出してしまう読者もいるはずだ。

 しかしある程度その世界観を理解し、読み進めることでSFは素晴らしいイマジネーションを我々に与えてくれる。

 さてそうやって僕は色々な作品を読んでいるわけですが、最近読んだ中でいくつかピックアップ。ちなみに作品を選ぶ基準は基本的にアマゾンでハヤカワSF文庫を検索し、評価の高いものソートし、値段の安いものから購入する。で、主に湯船で老眼鏡をかけて読むという。こちらが上の本の中で読了したもの。

 

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 まず左下の『極微機械ボーア・メイカー』を。

 

極微機械ボーア・メイカー (ハヤカワ文庫SF)

極微機械ボーア・メイカー (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 この作品世界ではメイカーと呼ばれるナノマシンが普及している。分子レベルの大きさで人間の体内に入り様々な影響を及ぼすのだ。目に見えない万能機械であるがゆえに、違法メイカーに対してはその規制も非常に厳しい。

 冒頭、架空の途上国での場面からこの小説は始まる。フォージタという女性が(彼女は違法メイカーの作用で8歳程度の肉体に止められ、その筋の嗜好を持っている客を取らされている)川上から流れてきた白人の死体を見つけ、その体から何かが飛び出して彼女に入り込む。それが表題のボーア・メイカーだったのだ。ボーア・メイカーは違法メイカーで人間の知能や体の構造を基本的な部分から作り直してしまうほどの性能がある。しかし、一度その手のメイカーが世界に広がれば世界の秩序が乱れると考える警察機構がなんとしてもそれを阻止しようとしている現状である。

 メイカーを製造している「夏別荘社」の社長フォックスの息子(息子といっても人造人間で、その体は琺瑯(ほうろう)のような材質であり、紗囊(しゃのう)と呼ばれる膜が首の周りに垂れ下がっているという設定)ニッコーは、人造人間である自分の寿命を伸ばすためになんとかそのボーア・メイカーを入手しようとする。一方で女性警察署長のカースティン(百歳を超える。ニッコーのかつての恋人でもあり、ずば抜けた頭脳で常に地球の秩序を保とうと冷徹に職務をこなす)はそれを阻止すべく行動する。

 

 設定上面白いのはこの時代の人間の頭の中には枢房(すうぼう)と呼ばれる機能が埋め込まれている。そこに幽霊(攻殻機動隊で言うところのゴースト?いわゆる全人格)が存在し、枢房が視覚的に表現されると部屋のようになったり、またそのコントロールを奪われると相手の意のままになったりする。逆を言えばその幽霊さえ存在していれば肉体が失われても別の代用体で生きることができる。脳ではなく、「電子的な意識」がここではその人間そのものの存在となっているのだ。

 話はニッコーとカースティンのサイバースペース(と言って良いと思う)での追いかけっこが主軸となるが、ニッコーの弟(実際の人間)サンドルやボーア・メイカーの主となったフォージタが現実世界で絡み複雑な展開を見せる。クライマックスの宇宙に浮かぶ夏別荘社の崩壊は、なるほどそう来るのか、と新鮮な驚きを与えてくれる。SFって面白いなあ。

 

 左上の「愛はさだめ、さだめは死」はティプトリーという作家の傑作短編集。

 

 

 なんといってもタイトルがしびれるほどカッコいいじゃないか!ただ、その話自体は人間の話ではない架空の動物の話なんだけど、まさに表題通りの結末で唸らされる。

 ティプトリーは他に「たったひとつの冴えたやり方」(16歳の少女が宇宙を冒険する話)が有名だけど僕、40を過ぎてそれを読むのは少しきつくて未だ読みさし。アマゾンのレヴューにも書いてあるけど、少し古臭い文体で(まさに80年代バブルって感じ)ついていくのが辛いのだ。娘に読ませようかしら。

 「愛はさだめ~」は他にウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」に先駆けた『接続された女』が収録されており、既にこの時代(1974年!)にこのアイディアを確立させていたのは驚きとしか言いようがない。

 

 下段真ん中の「ベガーズ・イン・スペイン」

 

ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)

ベガーズ・イン・スペイン (ハヤカワ文庫SF)

 

 

 は遺伝子操作によって睡眠を必要としなくなり、その結果常人以上の能力を兼ね備えた「無眠人」がXMENのミュータントのごとく妬まれ、異端視されてゆく。それに対して彼ら無眠人は自分たちだけのドームを建設し、一般人との隔絶を図ろうとする。

 

 こういう設定はSFだけの話と思っていたら、7月に読売新聞の記事でアメリカのジョージア州には白人富裕層が集まってサンディスプリングス市を設立しその敷地が門と塀によって隔てられているという事実を知った。

 僕はこの記事を読んで、「ベガーズ・イン・スペインが既に現実化している!」と驚いた。「眠らないゆえに常人よりもはるかに優れている」という能力が「富」に置き換わっただけの話ではないか。日本ではここまで顕在化しているわけではないけれども、アメリカの格差というのは、もうここまで来ているのだ。

 

 どうでもいいけど、そのアメリカの姿を極限にまでカリカチュアライズした映画がこちら「26世紀青年」(ヒドイ邦題)。

 

     www.youtube.com

 

 アマゾンプライムでそろそろ見放題が終了するというので見たら思わぬ拾い物だった!何も考えずに見られるのでオススメ。ギャグもかなりくだらない。

 

 それにしても「ボーア・メイカー」のリンダ・ナカタも「べガース・イン・スペイン」のナンシー・クレスも「愛はさだめ~」のティプトリーも全員女流作家である。アメリカのSF作家は才能ある女性に恵まれているなあ。僕の読んだSF作品として生涯のベストに入るであろう『航路』の作者コニー・ウィリスも女性だし。

 

otominarukami.hatenablog.com

 

 SFだからって男性作家、みたいなイメージがあるかもしれないけれど、実はそうじゃないね。さあ、また読もう!

 

これも読もう!ある意味ヘビーメタルSF(違うか)

kakuyomu.jp